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最高裁判所第二小法廷 昭和38年(オ)725号 判決

上告人 小沢潤一

被上告人 関東信越国税局長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中条政好の上告理由の一、法令違背の点について

論旨は、上告人の昭和二三年度及び同二四年度の所得金額の更正にあたつて、農業所得を実態調査によらず所得標準率をもつて推算したことは、当時の所得税法九条一項九号の規定に違背し、しかも所得計算に推計を行うことを認める根拠規定を欠いた当時の所得税法のもとでかかる推計方法をとることは、違法であるにとどまらず憲法八四条に違反するものというにある。

しかし、当時の所得税法九条一項九号の規定は、所得税の課税標準となるべき所得額が、いわゆる事業等所得についてはどのような数額であるべきかを定めたものにすぎず、同号に従つて決定せらるべき所得額がどれほどになるかを、つねに実額調査の方法によつてのみ決定しなければならないことまでを定めたものと解することはできない。所得税法が、信頼しうる調査資料を欠くために実額調査のできない場合に、適当な合理的な推計の方法をもつて所得額を算定することを禁止するものでないことは、納税義務者の所得を捕捉するのに十分な資料がないだけで課税を見合わせることの許されないことからいつても、当然の事理であり、このことは、昭和二五年に至つて同法四六条の二(現行四五条三項)に所得推計の規定が置かれてはじめて可能となつたわけではない。かように、法律の定める課税標準の決定につき、当時の法律において許容する推計方法を採用したことに対し、憲法八四条に違反すると論ずるのは、違憲に名をかりて所得税法の解釈適用を非難するものにほかならない。論旨は理由がないものといわなければならない。

同二、事実誤認の違法について。

論旨は、要するに所得標準率を使用して農業所得を推計することは、農家の実情にかんがみ妥当でなく、かかる推計方法の採用は、上告人の所得の実態を誤認し、実質課税の原則に違背するというにある。

しかし一本件における所得標準率の使用につき、具体的にいかなる点に不合理が存するかを指摘することなく、一般的にその使用は弊害ありというにとどまる論旨は、採用に由ないものといわなければならない。

同三、重大な瑕疵につき判断を逸脱した違法について。

論旨は、上告人に対してなされた本件更正決定は理由の付記を欠き、また本件審査決定も、理由を具体的に示さない違法があるというにある。

しかし、所論のような違法事由は原審において全く争われていなかつたところであるのみならず、本件更正決定はもちろん、本件審査決定についても、当時の法規によれば、これに理由を付すべき旨を要求されていなかつたのであるから、原判決がこれにつき判断を示さなかつたとしても、なんら違法は存せず、論旨は理由がない。

同四、審理不尽の憲法について。

論旨は、原審において上告人は被上告人の所得標準率についての主張を否認したのにかかわらず、原判決が、右標準率の正当性の証明なくしてその適用を認めたのを、失当というにある。

しかし、右の点については、原判決は第一審判決を引用し、第一審判決は、本件が推計課税によるのをやむをえない事情にあることを認定し、その採用する所得標準率が上告人の農業所得を推計するのに妥当なものであることを、各証拠に基づいて判断しているのであるから、所論のような違法は存せず、論旨は採用することができない。

よつて(民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人中条政好の上告理由

目次

第一点 判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背

第二点 事実誤認

第三点 重大なる瑕疵につき判断を逸脱した違法

第四点 審理未尽の違法

国民の納税義務は憲法第三〇条により又租税の賦課徴収は同法第八四条比より法律又は法律の定める条件によることを必要とする旨が規定されている。

所得税法、法人税法、相続税法等各種の国税及び地方税、企業、会計原則等は法律又は法律の定める条件に該当する。従つて各種租税は当該税法及び会計規範の定める処により賦課徴収しなければならない(租税法定主義)。

然るに本件控訴審判決には次に述べるしかも判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背、事実の誤認、決定に法律要件欠缺の重大なる瑕疵を逸脱していた等の違法がある、

一、法令違背の点

但、昭和二十三年分及び二十四年分に共通とす。

被上告人は本件更正決定を為すにあたり其の所得を認定するのに所得標準率を用いている。処がこの所得標準率の使用には次に述べる不合理と弊害があり之を所得の算定に使用することは不適当である。

しかも旧所得税法第九条第一項第九号所定の所得計算の規定に違背し判決に影響あるものとす。

(第一点)

(イ) 旧所得税法第九条第一項第九号による計算規定の違背について

一、農業は旧法第九条第一項第九号の事業に属し其の所得は其の年中の総収入金額から必要な経費を控除した金額である。そこで農業所得の算定は本条の定める処によつて行うことを要し、所得標準率を使用して計算することは違法であり許されない。

二、ここで年中とは昭和二十三年一月一日より同年十二月三十一日及び昭和二十四年一月一日より同年十二月三十一日に至る各年度である。この所得の計算方法は各年度に於る収入及び経費はその総額によつて帳簿に記載し費用の項目と収益の項目とを直接に相殺することによりその全部又は一部を損益計算から除去しないようにして所得金額を算出するのである。

三、此の計算方法によると所得標準率の使用に伴う一切の弊害及び紛争が解消され真に正しい所得が容易に把握し得られるのである。

(第二点)

(ロ) 所得の計算に推計を行い得る根拠は所得税法第四五条第三項である。処で同法が施行されたのは、昭和二十五年法律第七一号附則第十号により昭和二十五年四月一日であり昭和二十三年及び昭和二十四年分所得について本条は施行されていなかつた。推計はこの点に於て違法たるを免れない。

一、この推計は法律の定めた条件により賦課徴収を行う旨の憲法第八四条にも背反することになるは勿論、更正決定を行つた川越税務署長、これを認容した関東信越国税局長に恣意があつたものと謂うべきである。

二、本件はこの所得標準率の認容されたことにより敗訴となつたことは判文上明白である。

二、事実誤認の違法

一、被上告人が本件に於て所得標準率を用いたことは第一審判決に添附された要約調書第五頁に「被告は最も合理的と認められる作付反別を基礎として収入金額を計算する方法により原告の所得を推計した」とある記述に徴して明瞭である。

二、同頁第四行(1) の農業収入欄についてその実態を示すと種目は作物別であり作付面積は上欄の作物を播種若しくは栽培した面積である。

反収は一反歩の収獲量を示し総収量は反当収量に作付面積を乗じた数量である。

単価と金額は総収量を金額に換算したものである。

三、右推計による上告人当期の農業総収入は金四五五、八六〇円、経費は金一五四、九三九円、所得は金三〇〇、九二一円となり作付総面積は二毛作で推計五町八反三畝歩となる。

上告人当期の申告所得額は金一四二、一九九円〇九銭である。

四、此の欄に記載された作付面積及び反収、単価は農業所得標準率の基本をなし、この数字はもとより不動であるが、之を使用すると農家の生産は著るしく不揃いであるため正しい所得が把握できない結果となる。

五、被上告人は価格については統制価額の平均価格を使用したと云うが現行所得税法は実質課税の原則(法第三条の二)を採用し所得の多寡に応じ税を徴収するので平均値を設ける場合、先ず此の原則に背くことになる。しかも平均値を一線とすれば上位者は不当に税を免れ下位者は不当に税を徴収されるという不合理な結果になる。又全然無収獲であるのに課税されたり。しかも超過分は闇値をもつて処分したことに計算される等その弊害はまさに計り知れないものがある。

六、そこで昭和三十七年二月八日衆議院大蔵委員会に於て東京国税長官より説明があり所得標準率は爾後内部だけのものになつている。

然るに第一審は之を合理的なものと認定し、前審又之を支持している。これは不当に事実の認定を誤つたものである。

三、本件更正決定並審査請求棄却の決定に法律要件欠缺の重大なる瑕疵があり、第一審及前審共にこの判断を逸脱していた違法について

一、上告人が受取つた更正決定には理由の附記がない。

この場合再調査請求がなされ更に審査請求がなされた本件において之を棄却した決定通知は書面を用いしかも其の書面には理由を附記するものとす、然るに該審査決定には更正理由並棄却の決定理由が具体的に附記されていない。そこで更正理由不明のまま出訴してしまつた。

二、処が本訴は再調査請求により其の変更を求めた処分につき訴により変更を求めるものである。

其の処分について更正理由が抗告によつても追完されなかつたことは理由がなかつたと同一である。

後ち本訴に於て被上告人は所得標準率を示して更正理由に代えようとした事実があり裁判官も之を認容したとしてもそれは更正理由を追完したものに当らない。

この点も法令に違背するものとして判決は破棄を免れないものと思料する。

四、本件審理において第一審及び前審共に上告人に於て、所得標準率を否認したのにも拘わらず被上告人たる相手方の標準率について証明がないのに之を認容したことは不当且審理を充分に尽したものとは認められない。

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